大阪ライオンズクラブ10周年記念誌より
大阪ライオンズクラブ10年小史
大阪LCは、1963年4月16日を以て、10年記念の祝日を迎える。今から丁度10年前の今月今日、シカゴ本部から国際ライオンズ会長のエルバート夫妻を迎え、晴れの発会式を挙行したのである。大阪LCの10年史を述べるにあたり、さまざまな追憶、想い出が次々と脳裡に去来するのであるが、この際エピソードや小事は割愛することにして、大様下記五項目に亘り筆を進めることにする。
◆大阪LCのはじまり
大阪LCは、1953年4月16日神戸LCをスポンサーとして、呱々の声を挙げた日本第4番目のクラブである。LC史上稀に見る光栄ある且つ祝福されたスタートとして、遥々シカゴ国際本部から会長エルバート夫妻を迎えた発会式であり、また栄ある神戸LCのチャーターナイトと同日という良き日でもあった。集まるもの僅か20名足らずのささやかな発会式ではあったが、その頃何人が今日の隆昌を夢見たものがあったであろうか。今にして思えば、誠に感激深く、今昔の念に堪えぬものがある。
◆五大行事
大阪LCは、その間、5つの意義深い特筆すべき行事を経て来た。これらの行事を、時代順に列記することにより、10年史の大略が判然とするであろうし、発展過程を知るマイルストーンともなるであろう。
(1)発会式 1953年4月16日
(2)チャーターナイト 同年7月15日
(3)日本に於ける第2回年次大会 1956年4月7、8日
(4)W1地区第8回年次大会 1962年5月11、12日
(5)10年記念祝賀会 1963年4月16日
◆大阪LCの足跡
大阪LCが、日本のライオン史上に残した足跡は、実に偉大なるものがあり、永く記憶さる可きものであると思うが、その主たるものを挙げて見ると、次の如きものがある。
(1)大阪LCは結成の翌年、早くも名古屋と岡山にエキステンションして子クラブを生んだが、この二つの子クラブは何れも稀に見る優良児で、広く世界の驚異ともなった程の、素晴らしい子孫の繁栄をもたらしたのである。この位肩身を広く感じ、鼻を高くしたことはないのであるが、世の親たちよ、産むなら優良児を、と申したい所である。いくら不良児を増やした所で何の意味もないからである。
(2)その後、大阪市内の優秀クラブで、而かも次々と優良児を残して行った東クラブ、南クラブ、梅田クラブ、道頓堀クラブ何れも大阪LCがスポンサーであって、輝かしい行績を物語るものでなくてなんであろう。
(3)大阪LCでは初代会長に、L進藤竹次郎を迎えたが、彼はやがてガバナーとなり、カウンセラーとなり、国際理事となって広く世界の桧舞台で大活躍したことは普く人の知る所である。
これに加うるに、近くは、L野村康三がガバナーを経て、カウンセラーとなり、今や国際的な飛躍をつづけているが、斯くも1つのクラブから2人の現役カウンセラーを出し、国の内外に活躍する壮観は、将に世界史上稀に見るところで、大阪LCは独り日本に於ける重鎮たるのみならず、国際的にも、既に指導的立場にあることがはっきりと汲み取れるのである。
◆隠れた功労者
  茲に、大阪LC創設以来隠れたる真の功労者のあることを紹介し、御披露に及ぶ必要があろう。彼なくして今日の大阪LC否日本のLCの隆昌は考えられないからである。大阪LCは神戸LCのスポンサーによると言うことになっており、それに何の相違もないのであるが、真実は挙げて、青木真1人の努力によるものであった。L青木は神戸LCの創立を済ませ、直ちに大阪LCの創立に取りかかったのであるが、神戸では誰1人これを援助する余力がない時代であったのである。
(編集、L成川洋一郎)



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